【事例紹介】
日本シルバー職人の氏名が中国で先取り出願された事案
中国における氏名権に基づく商標異議
――商標異議に成功――
「名前が他人に出願されてしまった」
ある有名な日本人シルバー職人の氏名が、最近、第三者によって複数の中国商標として出願されてしまった。この事件は、それぞれ異なる出願人と区分、氏名の多様な表記などが関わり、複雑な状況であった。それでも、弊所は綿密な戦略をもって商標異議を申し立て、シルバー職人の氏名権を守り抜けた。
本文では、この成功事例をもとに、中国における氏名権に基づく商標異議申立・無効宣告請求の法的根拠と実務上のポイントを解説する。
氏名商標の乗っ取り問題
日本では、日本商標法4条1項8号により、他人の氏名を含む商標は、その承諾を得ているものを除き、商標登録を受けることができない。
一方、中国においては、氏名が歴史的に長年、商標としてよく使われてきた背景があるため、氏名商標の登録は禁止されていない。また、中国人の氏名は二文字三文字の漢字からなる場合が多く、出願された商標は氏名であるのか単なる漢字の組合せであるのかを判断するのが難しい。そのため、中国商標法10条等に違反しない限り登録は可能であり、承諾が必要となるのは有名人などの氏名と一致する場合に限られる。
しかし、専門分野での評判があっても、一般的には知られていない人物の氏名の場合、特に日本語の氏名がカタカナ表記・ローマ字表記などで出願されている場合、審査官には、それを「有名人の氏名」として直ちに認識できないことも少なくない。
その結果、有名人の名前は、しばしば商標の悪意ある先取り(いわゆる「商標の乗っ取り」)の対象となるのが現状である。
法的根拠
中国商標法32条には、「商標の出願は他人の先行権利を害してはならない」と明記されている。ここでいう「先行権利」には、氏名権、商号権、著作権、肖像権、意匠権、地理的表示などが含まれている。したがって、氏名権に基づいて商標の異議申立・無効宣告請求を行う場合、その根拠は同条にある。
中国における氏名権
中国における氏名権の保護対象は、商標の出願時に存命している自然人に限られる。「氏名」には、本名のみならず、芸名、ペンネーム、別名、翻訳名など、特定の自然人を直接指し示す名称が含まれる。
氏名権保護適格の三要件
氏名権の保護を主張するには、下記の三要件をすべて満たす必要がある。
1.著名性と安定的な対応関係
該当氏名が一定の著名性を有し、かつその氏名と本人とが安定的に結び付いており、関連する公衆がその氏名を見れば直ちに特定の自然人を想起できること。
2.損害の可能性
商標の登録・使用により、氏名権者に損害を与えるおそれがあること。判断には以下を参考する:
3.無承諾であること
商標出願が氏名権者の承諾を得ていないこと。もし出願人が「承諾を得ている」と主張する場合には、その立証責任を負う。
なお、上記の要件に該当しない場合(例:故人となった人物の氏名、作品名やキャラクター名など)であっても、商標が公衆を誤導したり、公序良俗を害する場合には、中国商標法10条第1項第7号(欺瞞性・不良影響)、または第8号(社会主義道徳に反する、その他の不良影響)を根拠として異議申立や無効宣告請求を試みることが可能である。
事例
本件では、シルバー職人の氏名(中国語訳名および英語訳名)を含む商標出願(既に初審公告済み)5件に対して異議申立を行い、全部成功した。概要は以下の通りである。
異議商標1号(第14類:貴金属・宝飾品等)
→ 著作権侵害(署名デザインの複製)+ 英語訳名の氏名権侵害を主張。
異議商標2号(第14類:貴金属・宝飾品等)
→ 中国語訳名の氏名権侵害を主張。
異議商標3号・4号(第24類:織物等、第25類:被服等)
→ 英語訳名の氏名権侵害 + 出願人の悪意による出願を主張。
異議商標5号(第14類:時計ベルト、時計等)
→ 中英訳名の氏名権侵害 + 著作権侵害 + 商標権侵害 + 出願人の悪意による出願を主張。
成功の決め手
シルバー職人の氏名権保護の適格性を裏付けるため、弊所は下記の証拠を提出した。
1.著名性と安定的な対応関係の証明
2.損害可能性の証明
追加の主張と証明
本件では、中国商標法32条に基づき「商標出願人は氏名権者の先行権利を侵害している」ことを主張しただけでなく、さらに複数の証明を補足し、商標の登録は認められるべきではないと主張した。
主張1 当該商標出願は「使用を目的としない悪意の商標出願」であり、中国商標法4条に基づき拒絶されるべきである。
主張2 商標出願人は「欺瞞手段またはその他不正の手段によって登録を取得」しようとしたものであり、中国商標法44条第1項に基づき拒絶されるべきである。
主張3 商標出願人は「誠実信用の原則に違反」しており、中国商標法7条第1項に基づき拒絶されるべきである。
これら三つの主張を裏付けるため、弊所は以下の論理に基づき証拠を提示した。
1.大規模な投機的商標の出願
出願人の商標出願・登録記録を調査し、有名ブランドや有名人の氏名と同一または類似する商標を大量に出願した事実を発見した。指定商品・役務も広い範囲に及び、通常の事業活動を大きく超えたことを証明した。
2.悪意ある使用
出願人のネットショップを調査したところ、他の日本のシルバーアクセサリーブランドの商品を無許可で販売している事実を発見し、さらにそれらのブランド名を勝手に商標出願していたことも明らかにした。
3.合理的な使用意図の欠如
出願人の商標出願・登録記録、事業範囲、市場での活動実態を総合的に分析し、真実の使用意図が明らかに欠如していることを立証した。
また、異議申立と並行して、弊所はシルバー職人自身による中国での核心的区分の商標出願をサポートし、第5号異議の前に無事登録を取得し、ブランドを守る「壁」を構築した。
本事例から得られる示唆
1.氏名権に基づく商標異議や無効宣告請求は強い手段である。氏名権の保護を主張することは、商標の不正登録に対抗する直接的かつ有効な武器となる。カギは、著名性と安定的な対応関係を十分に証明することである。
2.「悪意」の立証は突破口となる。大量の投機的商標の出願、悪意のある使用、使用意図の欠如といった出願人の行為パターンを証明することで、中国商標法7条、44条を適用でき、異議申立や無効審判の成功率を高めるとともに、出願人の全体的な戦略を破壊することができる。
3.立体的な証拠が説得力を高める。検索エンジン結果、主流メディアの記事、有名人による言及、実際の販売価格や消費者の口コミなど、多方面からの証拠を組み合わせることが有効である。悪意の立証については、出願人の商標登録行為を深く調査・分析することが重要である。
4.出願でトラブルを未然に防ぐ。ウオッチングや不正出願への対応と同時に、著作権の登録や重要な区分での商標出願を行い、正面からの権利の壁を築くことが不可欠である。著名性や対応関係を証明しやすい場合(本件の第3号・第4号異議のように)、氏名権や著作権を用いた異議申立は商品・役務の類似範囲を超えても有効に働く。一方、証明が難しい場合は、類似の商品・役務における先行商標権の主張が有効となる。
本件一連の異議申立の成功は、日本のシルバー職人の氏名権と名誉を力強く守り抜いただけでなく、中国商標法32条を中心に、複数条項を組み合わせ、緻密に異議・無効理由を構築する実務の手法を明示した。
Copyright © Jiaquan IP Law. All Rights Reserved. 粤ICP备16000884号